アジアオリンピック(第3回アジア大会東京)金メダリスト松王清志
第四章 地球を53周飛んだ~帰郷
Part.2 西大寺浜へ帰郷
episode 1 もともと浜に帰ろうという気もあったし、おふくろがこの土地を置いてくれていたからでしょうか、10年ほど前に大阪から帰って来ました。
episode 2 元の私の家は永安橋のところにあり、ここら数十軒の集落は、いわゆる“街”です。200mほど先に二軒屋と呼ばれている野崎さんの家のあたりは、私たちからしたら“田舎”でした。「空襲になるとうちの辺りは“街”だからやられるけど、野﨑さんのあたりは“田舎”だからやられないだろう」とのことで、防空頭巾やら毛布やらを持って200m先に疎開しに行きました。
episode 3 岡山空襲は昭和20年6月29日の夜が明ける前でした。そのころは蛍が終わりかけの時分でした。今考えたらなんでこんなことしたかと思います。岡山空襲で焼夷弾はこの辺りには降って来ませんでしたが、風に乗って飛んできていたのでしょう。“大きな蛍”じゃと思って採ったら、それは焼夷弾の破片が蛍のように光っていて、バーッと体中に火がまわってしまいました。体に回るのがそれは早かったです。リンのように飛び散って大きくなるのです。おふくろは10歳の私を抱き抱えて干田川へ飛び込んで私を助けてくれました。
episode 4 ここにはいろんな思い出があります。野﨑のミキちゃんにはいろいろ世話になりました。当時、鶏の卵は貴重なタンパク源でした。野﨑のミキちゃんは鶏をたくさん飼っていました。私が卵を取りに鶏舎に入ると100羽以上の鶏がおりました。長い蹴爪をしたオスが怒って飛び掛かってくるのを、野﨑のミキちゃんが針金の輪を持って、襲ってくる鶏をかわしてくれている隙に卵を取った思い出もあります。吉井川で野﨑のミキちゃんがシジミをたくさん採って貝殻の山ができて、その山へ上がってよく遊んだものです。
episode 5 当時の永安橋は半分が半円状になっていて、「永安橋の上を歩かんと男じゃねえ」と「欄干のいちばん上から飛び込まんと男じゃねえ」と言われていましたがムチャクチャ怖かった。橋の下には鳩がいて卵をよく取に行ったものです。すかさず奥様が「食べるの?」 松王さんは「貴重なたんぱく源だったから食べたし、時々雛になりかけの卵があった」 とにかく鳩はいっぱいいた。観音さんの鳩は永安橋の下に巣作りしていて、鳩の糞は凄くて虫がわいていた。