一昨年には東北大震災を実際に経験した同級生を招き、防災ミーティングを開催しました。大学で教鞭をとる傍ら、現場で瓦礫と格闘した体験から、支援を受ける側と、支援をする側の心のギャップを語られました。
心無い支援や、被災者のことを理解していない支援に苦しんだ経験を、涙を流しながらの語りに、私たちも涙が止まらない、生涯忘れられない防災ミーティングとなりました。
支援物資の梱包を開くと、ちびた消しゴム。大学進学を諦めた子へ、学校名の入った大学ノート。
以下は、当日の講義資料です
2023年3月19日
備前岡山五福座にて
防災ミーティングin五福座~東日本大震災の経験から学ぶ~
東日本大地震巨大津波後に街や住民には何があったのか?」
1.はじめに
東日本大地震大津波の発災時、想定外の事がたくさんありました。想定外の事が起こるのが「災害」です。公的には想定内であっても、あなたの場合は違うかもしれません。まずは家が壊れないように対策すること。発災時に怪我をしないことが大切。津波の時にはできる限り早く高い所に逃げること。
2.発災前の準備(平常時)
災害持ち出し袋(個人)、備蓄(自宅、公的施設、民間施設)
避難訓練(津波用)、救助訓練、災害対策本部等との連絡系統の確認
※釜石の奇跡は奇跡ではなく、避難訓練の成果
津波ハザードマップの読み込み(想定以上も確認)
満潮の高さに注意避難経路の安全確認(自宅から、職場から、出先から、家族、来訪者は?)
※大槌町吉里吉里の避難所(体育館)でのワークショップで確認
3.災害時(揺れが終わり、逃げるまで)※大槌町の臼澤さんの体験
津波てんでんこ(とにかく各自で逃げる)※亡くなった民生委員の話
自助→身の安全確保(自宅で、他施設で、ビルで、車内で、屋外で)
共助→自身の役割、生活、仕事、地域(こども、障害者、外国人、老人、、、)※ある保育所の判断
4.発災直後(地震3日目まで)
全員が被災者。助けは来ない。逃げるのみ。地震が大きいと火事になり、誰も消せない中、火がついたガスボンベが空を飛ぶ。インフラが全て失われる。
衣食住の確保。停電、断水、ガス、灯油、ガソリン、トイレ、電括、、。自衛隊による状況確認、道路造成、救助。消防や消防団の捜索·救助
医療機関による怪我人救護、治療、遺体確認、避難所巡回(基礎疾患患者)家族の安否確認、避難所生活開始、消火 救助協力等あなたの役割は?災害対策本部との連携(状況報告、その他)
5.発災後(地震7日目まで)
避難所間での人の移動、食糧の確保、運営体制の構築
避難所でのケンカ。いびき、寝言、子どもの声、他人との距離余震もある。
消防団、公務員(学校の先生を含む)は7日間は家族には会えない。救援物資の取り合い。余った物資の置き場所が避難所を狭くする。
6.梶原が見たもの(震災から1ヶ月以内の被災地地)右のQRコードをスマホで読み取ってください。
これは、3月27日(津波後16日)に、知人の車に乗せていただいて岩手県沿岸に行った時の様子をホームページで公開しているものです。続編もあります。
私の写真を一緒に見ながら西大寺の場合にはどうなるか、被災状況を想像してください