アジアオリンピック(第3回アジア大会東京)金メダリスト松王清志
第三章 大阪合繊延縄株式会社に就職
Part.19 世界戦略により世界市場を開拓する ヨーロッパ編
episode 1 有森裕子が銀メダルを取ったバルセロナオリンピックで、当社はバドミントンとテニスのメインスポンサーとして、全選手にガットを張ってあげました。家を一軒借り切ってオリンピックの期間中そこで寝泊りしました。
episode 2 前年の世界陸上東京大会で、有森裕子は2位の山下佐知子に続いて日本人2番手の4位に入ってバルセロナの出場権を得ます。大会直前合宿でジョギング中に木の根を踏み、踵(かかと)を痛めてしまっていました。
episode 3 バルセロナ入りすると、有森はシューズを作ってくれている三村仁司(当時・アシックス)を訪れ、泣きながら「棄権はしたくない。ジョギング用のアップシューズで走るしかない」と訴えた。三村は「何とかする」とレース用シューズを預かると、踵の部分をくり抜いて、クッション性の高い素材に入れ替えるなどの工夫を凝らし、彼女のシューズに応急処置を施していました。
episode 4 そのような状況だったにもかかわらず、有森は35km過ぎに先頭を走っていたワレンティナ・エゴロワ(ロシア)に追いつき、スタジアム入り口までデッドヒートを演じていました。私たちはメインスタンドでチケットを握りしめて有森が帰ってくるのを、今か今かと待っていました。ゲートをくぐって有森が帰ってきた時は、立ち上がって叫ぶほど嬉しかったのを覚えています。「岡山人じゃ!やった!取った!」ってな感じだったでしょうか。(笑)
episode 5 あれはセントアンドリュース。スコッチの瓶が入っています。バルセロナのオリンピックの後社長の甥っ子は、その時の社長でした。「松王、どうしてもセントアンドリュースでゴルフしたい」。「でもねぇ社長、遊びに来とんじゃないから、それに社員が10人も来とんのに」と言っても、「それでも絶対に行きたい」言うものですから、連れて行きました。セントアンドリュースなんて予約してなきゃ入れません。どうしてもゴルフがしたいなら明日予選があるから、それを通過したら二人だけ入れる。そう言われたものの、彼はへたくそやからやめて、記念にこれだけ買って持って帰って来ました。
episode 6 それでも諦めきれない社長を連れて、中島常幸が準優勝したセントアンドリュースの近くのゴルフ場へ行ってゴルフしたんですけど、そのキャディーは「あの試合で俺が中島のキャディーをした」と威圧的に言って来ました。あそこらへ行ったらキャディーが神様ですから、キャディーの言うことを聞いておかないと風は強いし、ラフも深くてアイアンンに迷っていると、「何番アイアンを持ちなさい」言われながらプレーしたのが思い出です。